11月21日、一連のオウム裁判が終結した。
阪神大震災が起こったのは1995年1月17日。未曾有の大災害に各種報道は、連日この事件を扱った。そして、震災から2ヶ月ほどたったころ、東京の地下鉄において猛毒サリンが散布されるという事件が起きた。国家転覆をも狙うこの事件の発生により、あらゆる報道はその狙いを震災から一斉にかえた。
そのころ私は友人と震災ボランティアに参加し、数週間おきに神奈川と神戸を往復していた。関東に戻ってくるたびに、私の目にはわずか2ヶ月であの神戸の地が忘れ去られたように見えた。いっそゴシップ記事に世間の耳目が奪われたのであれば、私もどんなに楽だっただろう。サリン事件の現場となった日比谷線は高校時代の通学路線であり、当時は母校の学生で本件に巻き込まれた者がいるという噂も流れるほどだった。そう、この事件も私にとって無視できるものでなく、そのことが一層私をやるせなくさせたものだ。
震災とオウム、奇しくも再び同じ年にこの2つ想起させる報道が夫々紙面に躍ったことで、久々に私は16年前に思いを馳せる。忘れえないことは多々あるが、そのなかでも一際思い出されるのは、ある先達からの訓戒だ。
『ボランティアに耽溺するな。感謝されることは、とても心地良い。私は普段の生活にもどれず被災地を渡り歩き続けるようになった人を多くみてきた。確かにボランティアは尊い、しかし、日々の普通の生活もまた尊いのだ。まず、日々の己の生活を大事にする。そのうえで活動に参加するということを忘れてはいけない。』
そういえば、「世界平和の為に何をすれば良いか」という質問に「家にかえって家族を大切にしてあげて下さい」とマザー・テレサは答えたそうだ。

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